元暦2年(1185)3月24日、平家一門と供に壇の浦に沈んだ安徳天皇ですが、実は密かに落ち延びた、などの伝説が日本各地に点在しています。
【水天宮】
久留米市にある水天宮は、全国にある水天宮の総本山で、天之御中主神・安徳天皇・平徳子・二位尼時子を祭神としています。徳子に仕えていた按察使局伊勢がこの地に遁れ、水天宮を祀ったとされています。
【安德天皇墓所】
俊寛らが配流された鬼界ヶ島の候補地である硫黄島には、平家一門と供に安徳天皇が落ち延びたという伝説も存在します。安徳天皇は黒木御所に居住し、櫛匣局(平資盛の娘とされる)との間に隆盛親王を儲けたとされています。
【岡益石堂(宇倍野陵墓参考地)】
安徳天皇と二位尼は、壇の浦で離脱し、鳥取県へ落ち延びたという伝説もあります。岡益石堂は、石室に囲まれたエンタシスの石柱で、安徳天皇の陵墓と伝わります。
【長通寺】
岡益の石堂に近接する長通寺には、安徳天皇と平家一門の位牌が祀られています。