湊川合戦図屏風

伊藤悦子さんの論文「『湊川合戦図屏風』についてー粉本の視点から読み解くー」(「古典遺産」69号)を読みました。『太平記』巻16の湊川合戦を俯瞰的に描く、個人蔵・和歌山博物館寄託『湊川合戦図屏風』を取り上げ、粉本によったと思われる図様を手がかりに、香川ミュージアム所蔵『一の谷・藤戸合戦図屏風』との関連や両屏風の制作意図を推定しています。

屏風絵の比較研究は研究史の蓄積も薄く、そこから何が判るかという問題も容易ではないと思いますが、伊藤さんは、『太平記』を題材にした珍しい合戦図屏風を、諸本の多い一の谷合戦図屏風と比較、共通の粉本があったらしいことを指摘、さらに物語の中では名誉な場面とは言えない場面が中心に据えられていることから、逆にこの屏風絵が佐々木氏の武名を誇る意図で制作されたのではないかと考えました。着眼のすぐれている点は、物語の中での意味づけを読み換え、絵画の中での意味づけを発見していることです。絵画資料が単に本文の絵解きではなく、別の意味を担わされているという読みは、重要でしょう。

印刷事情からやむを得ないかもしれませんが、論証過程で重要な図が不鮮明なことは残念です。なお図1,2・・・と番号を振るだけでなく、キャプションに(略号でもいいから)、どの屏風の絵なのか判るように示して欲しかったと思います。また論文中に「リニューアル」という語を使っていますが、こういう日常語は意味が曖昧で、避けるべきでしょう。この語では「新しくした」ということしか分からないが、後補なのか描き換えなのか、どういう操作が加えられているのかが限定できる語を用いるべきです。

文学と美術の双方に跨がる課題は、未だ方法論も確定しておらず、これからの分野ですし、学際的な交流が必要だと思われます。勇気ある前進を期待したいと思います。