巴里の友人から国際電話がかかってきました。コロナウィルスはどう?と訊いたところ、外出は出来るが一々、出た時間、行き先と目的、帰宅した時間を紙に書かなければならないので面倒、との返事でした。東京はどう?と訊かれたので、もしどんな病気になっても、医者から診て貰えないと思っている、と答えました。
1ヶ月ほど前、源平盛衰記の先帝入水の場面を仏語訳したいが、底本には何を使えばいいか、と問い合わせて来たのです。適切なものが公刊されていない(本文の原稿はできているのですが、加注者から、苔のむすほど待たされている)ので、別途に作って上げるがいつまでか、と訊いたところ、1年以内、という返事だったので引き受けました。ゆっくり作る所存だったのですが、仏蘭西のコロナ流行がすさまじいことが報道され、私も先方も後期高齢者なので、どちらに何があっても出来なくなる、と気がつき、優先的に作ることにしました。電話は、無理しなくていいよという話だったのですが、2ヶ月待ってくれれば、と返事をして切りました。
ジョークではない。電話を切って、つくづくそう思いました。感染しても無症状の人が多く、自分がいつ、どこで感染したか分からない。体力の無い者は、感染して発症すると、その後の進行が想像できないくらい速いーそれなのに東京の医療は、上記のような現状です。連絡する間もなく約束を果たせなくなってしまうことも、十分あり得ます。
冷たい雨の降りしきる、新聞休刊日で静かな月曜日。読みにくい仮名交じりの本文を翻字して過ごしました。明日ありと思う心のあだ桜(伝親鸞作。坪田穣治の童話に、蔵破りの盗人が壁に書き残した歌として出てきます)ー今は、人に渡す仕事は優先的にやっておかないと、後悔することになるかもしれません。夜半に嵐の吹かぬものかは。