木造洋館

共同研究に便乗して、静嘉堂文庫へ調査に出かけました。かつて近くに24年住み、その後10年間通った田園都市線ターミナル駅は、すっかり面変わりしていました。土埃の舞う、苗木農家の多かった辺りには、ちょっと洒落た分譲住宅や、低層マンションが建ち並び、グライダーの練習場があった辺りも今は住宅街です。

静嘉堂へ来たのは5年ぶり(その時は美術館で絵巻熟覧をさせて貰いました)、しかし文庫には50年以上前、『国書総目録』作成の下調べアルバイトで通った経験があり、木造洋館の建物がまったく変わっていない(寒いことも、トイレのドアの建て付けが悪いことも、庭木の手入れが行き届いていることも)のに感無量でした。あの頃、半世紀も経って、自分の研究のために来ることがあるなど想像もしなかった、否、半世紀後という時間の意識すらありませんでした。

ここは食堂がないので、持参した昼食を摂るのですが、ほかの閲覧者に遠慮して、庭のベンチで食べながら所見を交換しました。今日は春のような暖かさで、木陰のベンチでも美味しくおにぎりを食べることができ、静かな、俗世間とは隔絶したかのような木々の中で、終日写本と向き合って過ごしました。書写という営みには、それぞれの目的があり、書写者の事情があり、当たり前のことですが、現代の我々が、工業規格をクリアした製品としての「本」に向かうのとは違った眼で見なくてはいけないことを、改めて噛みしめました。

二子玉川で今後の打ち合わせをし、私はドンクでフランスパンを買って帰宅しました。留守電も入っており、メールも追いかけてきて、書誌の新事実に直面したくらいでひるんでいる場合ではない、がんばんなくっちゃ、と気付けを一杯、引っかけました。