遠くなりにけり

「ふる雪や明治は遠くなりにけり」という、中村草田男の有名な句があります。つくづく「昭和は遠くなりにけり」とは、NHK土曜ドラマ「少年寅次郎」を見終えての感想です。山田洋次の原作を読んでいないので、あくまでTVドラマの印象ですが、全編、どうしても違和感を拭えなかったのが、女たちの割烹着が白すぎることでした。あんなに眩しく白くては、カフェの女給(今ならメイド喫茶)みたいです。あの当時は洗濯機も合成洗剤もなかったので、いくら洗い立てでも純白ではなかった。

そして主人公の父親や叔父が童顔で、手足が長すぎること(髪型などは、かつての婦人雑誌や労組の描く男女に似せてはいましたが)。つまり、日本人(特に男性)の肉体が変わってきたのです。モデルかジャニーズ出身ばかりみたいになってきた。新劇の下積み俳優かなんかに、昭和スタイルの若手はいなかったのでしょうか。あの時代、30代はもう、立派なオヤジでした。その中で、「御前様」を演じた俳優の台詞回しが往年の笠智衆そっくりだったのは、練習したのでしょうね。顔は似ていませんでしたが。

ただこのドラマは、寅さん映画50周年記念以外に大事なメッセージを2つ、発信しています。1つは復員後、戦場での罪意識におののく息子に、臨終の父親(主人公の祖父)が、「お前の肩に乗っている、その怖いものは俺が背負ってあの世へ持って行ってやる」と言う場面。70年前は日本人も、そうして黙って苦しんでいたのです。

もう1つは、血がつながっているかどうかが親子のすべてではない、「家族」はアプリオリにいいものだというわけではない、家族の欠損は代替される、ということです。いま私たちが、真剣に向き合うべきテーマだと思いませんか。

「昭和は遠くなりにけり」の初句には、何を置けばいいでしょう。私案は「雲の峰」。