西国巡礼縁起

大橋直義さんの論文「西国巡礼縁起攷―附 道成寺蔵『古伝口訣 西国三十三所巡礼縁起』翻刻」(『説話の形成と周縁 中近世篇』臨川書店)を読みました。中世のいろいろな作品中にしばしば見出される、西国三十三箇所霊場巡礼の始まりと花山天皇を結びつける説話について比較し、分類したり各段階の成立時期を考証したりしています。

中世散文、殊に読み本系平家物語の注釈や説話比較を行った際によく出くわした徳道上人、証空上人、花山法皇などの名が散見され、よく知らなかった背景が、断片的ながら目に入ってくるのは嬉しい気がしました。花山法皇が西国巡礼の始祖であるとの有名な伝承は事実ではなく、ではそのような主張をする縁起がどういう風に成立してきたのかを考えようとして、複数の「西国巡礼縁起」を比較しながら仕分けし、年代を考証しています。多くの資料を参照する労苦には敬意を抱くものの、でももう少し効率よく整理して書けないのかなあと、ないものねだりの気持ちが頭をかすめます。

延慶本平家物語長門本平家物語源平盛衰記は、それぞれに異同を抱えながら花山法皇の逸話を複数箇所で語っていますが、15世紀半ば頃から花山法皇が西国巡礼縁起に登場するとの指摘は、それらの諸本の改編された時代を示唆する事にもなり、縁起に限定せずに追究する必要があるかもしれないと思いました。

しかし門外の私にとっては、これら宗教的な資料を厖大な量で扱うのに、年代的にも成立圏・管理圏からも、一々にどれだけ厳密な吟味がなされているのだろうかという不安がつきまとい、もうしばらくは傍観するしかなさそうです。