臈纈染め

ヘッダーの絵を換えてみました。亡父が愛妻静子(私の母ですが)のために描いた、臈纈染めの下絵です。鉛筆で輪郭を描き、水彩で彩っています。多分、戦地から帰ってきて、茅ヶ崎で暮らしていた数年間に描いたのでしょう。当時の茅ヶ崎は、松林と砂浜とが続き、漁と畑地と療養・避暑のための別荘とがある寒村でした。松ぼっくりは竈の焚きつけに使うので、拾いに行くのが子供の仕事だったのです。静子は結核療養中でしたが、それなりに主婦の役を果たし、合間に趣味の臈纈染めなどをしていたらしい。

松ぼっくりと新芽とをもつ松の絵は、一見、伝統的な装飾画のよう(奈良絵本の添景の松にそっくり)ですが、茅ヶ崎では身近にあった松の写生をもとにしたと思われます。じつは親の家を整理したときに、これを染めた布も出て来たのですが、下絵の方は最近になって整理した箱の中にあったので、できあがった布が両親合作のものとは知らずに捨ててしまったのです。石榴の実の下絵と、それを染めたスケッチブックの表紙は、大切にとっておくことにしました。カラーの花を大胆にデザインして、切り抜いた下絵も見つかりましたが、静子の病状が悪化して、もう染めることはできなかったようです。

昭和20年に静子が亡くなった時、父は「もう5年もすれば、結核なんかで死なないのに」と言っては麻雀に明け暮れていたそうです。ペニシリンが発明されて感染症に劇的な効果をもたらし、戦後まもなく結核の特効薬も実用化されました。いま免疫の研究が進んで難病治療に期待が高まっていますが、開発した研究者は、「これからは(生存・快復の)欲望を充たす治療ではなく、不安を癒やす治療も必要になる」と言っているとか。さきを見通して努力している人の成果が我々の手に届くまでには、数十年の時間が必要なのでしょう。