人文知の力

福岡伸一さんのコラムを朝刊で読み、共感しました。「人文知の力、忘れていないか」という見出しで、朝永振一郎の『滞独日記』を引きながら、次のように述べています。

「自然は本来、混沌、無秩序で、常に変化し、しかも毎回異なるものだ。それをモデル化し、数式に置き換え、再現性のある法則とするのが物理学だ(科学一般としてもよい)。しかしそれは自然を無理やりそうみなしているにすぎない。その自覚を持つのが科学者のはずだが、多くは自然を分解・分析・定式化することに夢中で、本来の自然に戻ることを忘れている。/芸術には、たわめられた自然を、もとの自然に回復する力がある。これは哲学や文学など人文知にも言えること。(下略)」(朝日新聞2018/08/09「福岡伸一動的平衡」)

「自然」「物理学」の単語を別な語に置き換えれば、学問研究としての文学や教育学にも通用しそうです。理系の学問を極めた人ほど、文系の学問や芸術の必要性をよく知っている。却って文系の私たちが、自分の分野の意義を、他者に説明する必要性を普段からわきまえ、その用意をしているかどうか、自問する必要があるのではないでしょうか。

福岡さんの本は面白そうで、いつも本屋で手に取るのですが、さしあたって買わなければならない本、読んでおく必要のある本を上へ重ねていくと、すぐに限界量に達し、この次ぎにしようか、となってしまっていました。今度はせめて新書でも。