新入社員だった頃

学部を出てすぐTV局に勤めました。首都高環状線建設中の時代です。四大卒女子は就職口がない頃で、その会社も初めて正社員で採った、ということでした。朝はちょっと早めに出勤して全員の机を拭き、お茶を出し、昼には女性だけが交替で留守番をすることになっていました。

制作部門で2週間研修した後、いきなり、経営資料の管理や視聴率計算をする部署に配属されました(いま思えば、将来の会社経営を担えるための、いい部署だったのかも知れません)。中学校の職業家庭科で貸借対照表損益計算書は習いましたが、左右が同じ数値にならなければいけない、ということしか覚えていません。父に話したら、『ポケット版財務諸表の読み方』という小冊子を渡されました(彼自身が就職した時に使っていたものらしい)。アルバイト(未だ非正規雇用とか契約社員という概念は無い)の女性たちはいましたが、私にはロールモデルがいません。3ヶ月も経つと、この先どうなるのだろうと悶々とし、明けの明星が窓に出るまで眠れない日が続きました。

所属部署の次長は酒を呑めない人で、ねちっこく、一番下っ端の私はよく当たられました(酒が呑めない人間は厄介だ、という偏見はこの時刷り込まれました)。ある日、独りで昼休みの留守番をしていると、聞き覚えのある声の電話がかかってきました。採用面接で会って以来の、社長からです。海外出張先で病気になった局長のことを訊きたいから次長をよこしてくれ、という伝言でした。ところがー呑めないはずの次長が、真っ赤な顔で帰って来たのです。近所に有名な洋菓子店があり、その日に限って、洋酒入りのケーキを食べたらしい。「社長がお呼びです」と伝えると、ぎょっとしていました。社長室へ行くまでの距離、彼はどれだけどきどきしたことでしょうか。