近世の幸若舞

須田悦生さんの「「女舞」と小田原・江戸の桐座ー近世幸若舞のゆくえー」(「伝承文学研究」66)を読みました。若い頃は芸能史にも目を配っていたのですが、最近は手が回らなくなっていたので、幸若舞の近世(しかも関東で)の生態を初めて知りました。中世末期、相模地方には多くの舞大夫がいたが、その一部は近世になって小田原藩主に保護され、桐座という歌舞伎小屋を持ち、近世中期には女舞という芸能を看板としており、江戸にも同様の桐座があったというのです。彼女たちの得意演目には、幸若舞と全く同じではないものの、大鼓を使った「馬揃」「那須与市」という謡い物があったらしい。頭には天冠をつけ華麗な大口を穿き、中啓を持って舞ったようで、今も福岡県の大江に民俗芸能化して残る幸若舞とはかなり異なるようです。

須田さんは福井県の御出身で、静岡県立短大にお勤めの頃、福井県史編纂に尽力され、幸若舞の歴史を執筆されました。丹念なフィールド調査と郷土資料を駆使した、地に足のついた研究で、芸能史はまさにこうでなくては(事実を忠実に追っていくべき)と思いました。中世の幸若を軍記物語享受の一形態として、あるいは武士社会で愛好された芸能としてのみ見ていたのでは、近世に変容し明治まで続いてきた「武家の物語」の深奥を照らし出すことはできない、と痛感しました。