根来寺

大橋直義さん編の『根来寺と延慶本『平家物語』』(勉誠出版)という本が出ました。「紀州地域の寺院空間と書物・言説」という副題通りの15本の論考と、大橋さんの序論が載っています。何回ものシンポジウムの成果が盛り込まれているようで、地元和歌山大学に赴任した大橋さんの意気込みが力強く感じられます。

まずは佐々木孝浩さんの「延慶本平家物語書誌学的検討」から読みました。延慶本は現在最古態の平家物語として注目されていますが、だからといって延慶本の特性をそのまま平家物語の原態とみなすのは粗忽の評を免れない、とずっと思ってきました。読み本系平家物語の祖本から分岐して、寺院内で特化したのが現存延慶本であり、その後角倉家に入るまでの間、書籍として巷間に流布した証跡はありません。根来寺とその周辺が中世に一大文化地域だったことは本書で力説されていますが、延慶本平家物語との関係については、応永書写(書き換え作業を伴う)の環境を究明することがスタートだと思います。

藤巻和宏さんも本書では得意分野でのびのびと、若手の阿部亮太さんは崇徳院説話に注目して書いています。延慶本平家物語は、素材としての面白さをたっぷり蓄積した本ですが、だからこそ寺院内で利用価値があり、必ずしも史書、実録として完成させようとして管理されたのではなかったかもしれません。今後、自由な角度から研究が盛んになるといいな、と思いました。