地下に眠るエネルギー

去年の春、近所の古い木造アパートが取り壊され、更地になりました。前面にあった駐車スペースは三和土で固められて、僅かに十二単や菫が生えていたくらいでしたが、更地になってぽつぽつ草が生え始めました。植物相の形成に興味があったので、通りすがりには立ち止まって観察しました。通常の空地に生えるエノコログサ(猫じゃらし)、メイシバ、ハルジョオン、アカザなどの中に、ひときわ目を惹く蘭科の葉がいくつかあって、何だろう?と楽しみにしていました。奥の方にも、また別の大きな株が育って来ました。

しばらく通ることがなく夏になり、空地はすっかり草に埋まりました。ある日通りかかると、奥にはブッドレアの花房に揚羽蝶が群がり、そこここに銀蘭が白い花をつけていたのです。愕然としました。三和土の下に何十年、銀蘭は眠っていたのでしょう?ブッドレアも近くには見かけません。どこからやってきたのでしょうか。しかし秋には四角い豪邸が建ち、玄関先はセメントで固められて、三輪車やスケボー板が置かれました。

東京は梅雨が明けたのではないかと思うくらい、ぎらぎらの快晴です。あの風景は白昼夢だったのか、とふと思います。この家で育つ子供たちは、地下に眠るエネルギーを知らずに大人になり、たくさんの思い出を持つでしょう。彼らの「歴史」にはあの叢は出て来ようがありません。紫の花に群がるアオスジアゲハ、存在感のある銀蘭の群生―私だけが、捕虫網を持って駆け回る子供たちを草いきれにつつんで、幻視しそうになります。