花火

文庫本の『火花』(又吉直樹)を読みました。話題が古いと思われそうですが、文学賞を獲った作品は発表時の雑誌で読むか、文庫化されてから読むかに決めているのです。森敦も野呂邦暢も雑誌で読んだのですが、この頃は手が空かないので、文庫化されてからやっと本屋で見つけるまで、5ヶ月かかったわけです。

「お笑い芸人」がれっきとした「職業」と認知され、TVメディアでは大河ドラマは勿論、ニュースから教育番組まであらゆる画面に顔を出している今日の風潮を、いささか皮肉な眼で見ていたのですが(そのこと自体は変わりませんが)、少なからぬ若者がこの仕事を生涯のものとして選んでいく結果は、これから出てくるのかなあ(この小説の作者についても同じく)と思いました。登場人物の神谷の言うように「芸人に引退はない」とすれば、それは「生き方」だからです。

かつてベルグソンを読んだ時のことを思い出したりしながら、漫才師の武器とは、言葉(間合いも仕草もコミケも含め)であるはず、結末の神谷の考え違いを主人公の徳永は尤もらしい諭し方で諫めますが、じつは神谷の本質的な限界がそこに顕れているのではないのか、こうして徳永は「卒業」したのだ、と思いました。

熱海の花火で始まり再び熱海の花火で終わる、1人の青年の成人(成功ではない)物語。それにしても村上春樹にしろ又吉直樹にしろ、男性作家の小説に登場する女性たちは、どうしてこんなにも都合よく優しいのでしょうか。