見果てぬ夢

三角洋一さんの遺稿集『中世文学の達成―和漢混淆文の成立を中心に-』(若草書房)を読んでいます。殆どが講演録や講義ノートをもとにしているので分かりやすく、硬い本ではありません。しかし、壮大な課題に、背伸びせず自前の言葉で取り組んでいく、いわば最も精力と胆力の要る仕事になっています。

和漢混淆文の歴史をたどって物語史を構築しようとする企図は、放送大学の仕事を御一緒した時に聞かされました。校正をした愛妻の美冬さんも版元も、本書に覚一本平家物語の文体論が入っていないことを残念がるのですが、じつはあの時、三角さんの構想に「軍記物語ではそうはいかないよ」と水を差したのは私です。なぜなら、軍記物語では平仮名交じり、片仮名交じり、変体漢文(真字本)は伝本により自在に入れ替わるからです、必ずしも年代順ではなく。もしも三角さんが軍記物語については棚上げしたのであれば、その責任の一端は私にもあるのかもしれません。

未だ自分では晩年だとは思っていなかった三角さんの、終生の大作の第一次コンテともいうべき本書をめくりながら、私にもかつての夢がよみがえってきました。中古の物語史をたどって中世文学史へ、そして日本文学史をめざして考察を積んでいきたい・・・そう思って準備をしていた頃のことが勃然と、机の向こうに浮かび上がってきたのです。宇治十帖にすでに中世は始まっている、そう書いた頃に戻りたい―間に合うならば。