夢中の五感

子供の頃、夢は白黒で見る、ということが分かりませんでした。私の夢の中の世界は、通常の世界とまったく同じようだったからです。しかし「私の夢はカラーよ」と言ったら、「自慢してる!」と怒った大人がいたので、それ以来口に出せず、白黒の世界にとつぜん降り立ったら怖いだろうなあと思うばかりでした。しかし、夢の中で何かを味わったり触ったりすることはなく、食べようとすると口に入る寸前に目が覚めました。

ある年齢から、夢の中でもものを食べるようになりました。詳しい味は覚えていませんが、何々を食べた、という記憶(オムレツならオムレツの味、ラーメンならちゃんとその味で)が、目覚めて後にも残っているようになったのです。一つの場面の中で、特にあるものの色が印象に残っていることもありました。

先日、作家の檀一雄さんのお通夜に行く夢を見ました(現実には告別式会場に勤務先から出向いた)。石神井の辺りは一面に白い雪が凍っていて、掌で掬うとしゃりしゃりした触感が手に残りました。さすがに夢中の触感は初体験でした。音は色と同じく通常の世界どおりなので、すると嗅覚だけが未体験ということになります。現代では、誰もが総天然色の夢を見ているのでしょうか。

檀さんが亡くなったのは1月でしたから季節は合っていますが、何故、雪景色や氷の手触りが結びついたのかは謎です。