説林

伊藤伸江さんの「花園山考」(「説林」65号)という論文を読みました。説林(ぜいりん)はかつて渥美かをる先生が、その後森正人さん、黒田彰さんがよくお書きになった名門の紀要(愛知県立大学)です。伊藤さんの論文は、三河国岡崎の俳人鶴田卓池と刈谷俳人中島秋挙とが、文政7年(1824)3月に三河の花園山麓に滞在して花をめでた日記『弥生日記』をとりあげて、歌枕でもある「花園山」とはどこなのかを考証したものです。結論は岡崎の村積山だということですが、愛知県立大学「文字文化財研究所紀要」に連載されている、『弥生日記』訳注作業(輪読会の成果)の副産物として、さらにひろく歌枕への考察をも含んだ研究です。

いかにも県立大学にふさわしい、しかし地域の文化財紹介にのみ留まらない研究で、地方で勤めるにはこういう素材と研究仲間を得られることが大事です。野本瑠美さんの「手銭家所蔵の古筆資料」(「山陰研究」8)もまた、そういう成果の一つといえるでしょう。