現代詩

渡邊十絲子さんの『今を生きるための現代詩』(講談社 現代新書)をようやく読み了えました。読みにくい本だというわけではありません。その逆なのですが、本屋で見かけて買ってからベッドサイドに置き、4年近くかかってしまいました。入試問題を作っていた頃は、夏休みに、未だ出たばかり(つまり、教科書未採用)の、シャープな評論文を物色して読む仕事がありましたが、今は、自分の専門分野の新刊を追っかけてあっぷあっぷしている日々。その日、本屋で衝動買いした本を、一気に読破する生活こそ、定年後の憧れだったのですが・・・

そういうわけで、話題としては古いかもしれませんが、この本自体は古びていない。分かりやすくて鋭い、しかも、生きていく上で必要な「優しさ」に満ちた本です。目次には、現代詩はこわくない、わからなさの価値、たちあらわれる異郷、生を読みかえる、現代詩はおもしろい、等々の見出しが並んでいます。あとがきで著者は、詩とは「世界の手ざわり」を知らしめてくれるものだ、と言っています。「今の自分がまだ気づくことのできない美しい法則が、世界のどこかにかくされてあることを意識するようになる」と。ジャン・ジロドゥに、演劇とは、見終わって劇場を出て行く人々が、前よりこの世界をもっとよく理解できるようになり、街の並木が、灯りが、吹きぬける風がいとおしくなるものだ、という意味の言葉があったのを思い出します。文学に何ができるか、を端的に言い表した言葉ではないでしょうか。

殊に現代国語を教える教員の方々には必読の書。教室で詩の「読解」の正答を示すことに疑問を持ったことはありませんか?著者がかつて生徒として感じた疑問は、今も再生産され続けているのでしょうか。