桜の代替わり

ネットを調べたら、実生の桜を育てている人は多いのですね。やはり日本人にとって桜の木は特別なんだ、と今更のように感心しました。

宇都宮に勤めていた頃、図書館増築のため大島桜の古木が伐られることになりました。惜しんでも保存はできないとのことで、藪蚊に食われながら落ちた実を拾い集めました。株の周囲に小さな芽が何本も出ていたので、毎年たくさんの実が落ちるのに、どうして今年に限って芽が出たのだろうという話をしたら、古くからいる門衛さんが「木は自分の寿命を知っていて、枯れる前に次代の芽を育てるんですよ」と教えてくれました。聞いていた学生が「親木にもう栄養を摂る力がなくなるからでしょ」と言ったので(科学的にはそちらの方が正しい!)、つい、「おまえのように言うとつまらなくなるなあ」と言ってしまいました。

この大学には農学部があり、百年近くキャンパスが移動していないため、さまざまな実生の木を見ることができました。欅の実生が芝生の縁に沿ってまるでスプラウトのようにびっしり生え、全部大きくなったらどうなるんだろう、と心配しましたが、職員が鉢に植えて盆栽に仕立てたようです。下野の雑木林の風情になるのでしょう。

大島桜の実は脇門の空地に播いておきましたが、どうなったことやら。