全訳注平治物語

谷口耕一・小番達共著『平治物語 全訳注』(講談社学術文庫)が出ました。 文庫本とはいえ650頁を越え、情報のびっしり詰まった1冊です。谷口さんは永年、平治物語の注釈稿を抱え続け、紆余曲折を経ていま会心の著として世に出すことになりました。

底本は、平治物語諸本の中でも最も文芸的達成度の高いとされる第4類本の蓬左文庫本ですが、第4類本と第1類本については、13種の本文と比較対校したと凡例に述べています。内容は、まず適宜区切った本文を掲げ、現代語訳・語釈・校訂注・解説を付し、全3巻の後に補注・地図・解説(平治物語の総説)を載せています。本書の特色は、各章段ごとの解説や補注(100頁以上ある)の豊富さで、それだけを読んでも退屈しません。

一般読者向けでもあるため、総説は分かりやすく、専門用語を避けて書かれていますが、平治物語は史料ではなく(平治の乱の現存史料は少なく、日記・記録類は、意図的に遺されなかったのではないかとも言われています)物語であること、第4類本の成立は室町後期であろうことを強く主張しています。この主張は、軍記物語講座第1巻『武者の世が始まる』(花鳥社近刊)に執筆した論考でも展開されていますが、本書では現存の第4類本は、最終的に永正15(1518)年から天正20(1592)年に潤色されたものとしており、今後論議を呼ぶことになるでしょう。

平治物語の序は、太平記に似通う評論性と物語全体に及ぶ価値基準を持っています。また物語の末尾が諸本によって異っており、谷口さんは、源家後日譚を切り捨てたところに、第4類本が平家物語前史の位置を占めようとした時代的変遷があると見ています。そもそも第1類本が、異なる伝本のとりあわせ本文でしか読めない点を初めとして、平治物語の研究は、まさにこれからです。