古代心性表現

森正人さんの『古代心性表現の研究』(岩波書店)という本が出ました。前書きによれば、「本書は、古代日本における心性すなわち心、魂、霊およびその他の超自然的存在の性質や働きに対する理解、また死生観、冥界観、およびこれらに関する表現の成立と特質を明らかにする」目的で、1991年からこれまで発表してきた論考に手を加えてまとめたとのことです。

本書の構成は序章の後、1<もののけ>―霊魂と憑依 2鬼―外部と内界 3龍蛇―罪障と救済 4翁―聖性と化現 5死―他界像の変容 となっており、420頁を越える大冊です。この版元特有の、ちょっと丸っこい髭のある活字は、かつて永積安明先生の本を夢中で読んだ頃をなつかしく思い出させます。個人的な時程で言えば、「心の鬼」に関する森さんの論考が世に出た時は、強い共感を以て、そうそう、こういうことを言ってくれる人を待っていたんだよ、と思いました。「もののけ」と「物怪」の意味の違いを説く論考が出た時は、中世と中古での相違はどうなのかなあ、と軍記物語の場合を思い浮かべながら読んだものでした。

こうして大冊にまとまると、1本ずつの論考とはまた違った世界が目指されているようです。ただ・・・以前のように声をかけ、議論を交換したくなるような気分は何故か湧いてこない。この本の雰囲気は、遠くで流れる音楽を聞くための椅子に似ています。森さんには、やっぱり、あの大いなる説話集『今昔物語集』の魅力と不思議を語って欲しいなあ、と思ってしまうのでした。