沈黙の秋

32度が分岐点、と思うようになりました。どうにか耐えられる暑さの限度です。最近の東京は、半世紀前よりも3~4度、平均気温が上がっているのではないでしょうか。10代の頃は、今日は30度もあって暑いねえ、と言っていたのに、今は30度なら、今日はしのぎやすいなどと言い合っています。35度の昼間を冷房なしで過ごすと、さすが風通しのいい家とはいえ、夕方にはへとへとになります。2、3日も続くとコンクリートの蓄熱が冷めず、打ち水も効果がありません。

でも日が短くなってきたせいか、ここ数日、32度前後でもあの攻撃性はなく、心なしやわらかい暑さになりました。菊は蕾を用意し、梔子は黄葉を落とし始め、順調に季節が廻っていることを示しています。ただ、今年は未だ法師蝉が鳴きません。例年なら今頃は、宿題のできていない夏休みの終わりを告げて、せき立てるように鳴くのですが。

秋虫も未だ聞こえません。39年前の8月、幼なじみを亡くし、お別れに行った名古屋駅前の叢に、秋虫が鳴き始めていたのを昨日のことのように覚えています。用賀や鳥取では、枕元に降るような鈴虫の声を聞きましたが、15年前に越してきて初めて、ここは鈴虫の声が聞こえないことに気づき、こっそり買ってきて放してしまおうか、と考えているうちに、家が建て込み、草地も植え込みもすっかりなくなりました。一時期、都心では外来種の秋虫(草の中ではなく並木の上で鳴く)が高々と鳴くのが問題になったことがありましたが、それすら聞こえません。

沈黙の春』ならぬ沈黙の秋は、不気味です。はやく涼風が立ち、松虫や蟋蟀が鳴いてほしい。

追記:夕方、駅の向こうまで買い物に行ったら、法師蝉が鳴き始めていました。