私的太平記研究史・補遺

学部2年から3年にかけ、一念発起して、日本古典文学大系(赤い表紙の方です)を全巻読破しました。太平記を通読したのも、たぶんその時だったと思います。幾つも印象的な場面や挿話があり、平家物語とはまた別の魅力を感じました。第3部はやたら人名が多く、しかも離反がめまぐるしくて、量で勝負するような叙述がつらく、全体を抱えきれない気がしましたが、それでも独特の文学世界があると感じていました。

3年の終わりには卒業生を送る会を主催するのですが、卒業式と同じような送辞ではつまらないと、密かに案を練りました。太平記の有名な道行文「落花の雪に踏み迷う・・」をもじって、卒業生の卒論題を詠み込んだのです。漢語詩語を象眼のように打ち込んだ文体の美しさに惹かれていたからでした。

卒論に軍記物語を選んだので、指導教授に勧められ、先輩に軍記物談話会(軍記・語り物研究会の前身)に連れて行って貰いました。本来は自由な同人会で、若手も対等に受け入れる雰囲気がある一方、同性を排除・支配せずにいられない、難しい女性の先輩がいました。当時、学問の世界に生き残る女性はごく稀だったからでしょう。それゆえ、太平記について書くにはある種の勇気が要りましたが、私には私なりの機会があったこと、すでに本ブログに書きました。

太平記はさきの大戦で政治利用されたため、戦後しばらく敬遠されていました。NHK大河ドラマに取り上げた時(1991年)、やっと戦争が終わった、とする声があったものです。一方で、研究者たちが諸本や史料を障壁にしている、と私は感じていました。名古屋に勤務した時、大森北義さんと、もっと多くの人が太平記を読みやすくなるためのツールを作らないか、と相談しました。あれこれ考えている内に私が転勤してしまったので、その約束は果たせず、今般、軍記物語講座(花鳥社刊)の企画となりました。