私的太平記研究史

軍記物語講座『平和の世は来るか―太平記』の初校が始まりました。力作揃いの1冊です。25年前、「太平記の意志」という論文を出した時、仲間から、随分肩に力が入ってますね、と言われました。それも当然、当時の太平記研究は、諸本が多くて大変だとするバリアの下、歴史事実との関係が主に論じられ、大部なせいもあって、他の軍記作品研究者でさえ近づき難く、文学的特性を云々するには勇気が要ったのです。しかし太平記には平家物語とは別の面白さ、文学性がある、それは言っておきたいと思って書きました。

通読したのは学部時代でしたが、研究対象として読んだのは昭和43年、大学院の市古ゼミでした。大学紛争中だったので、巻1を読むのがやっとだったと思います。昭和54年頃だったでしょうか、日文協の中世部会で太平記を読みたいが、軍記の専門家がいないので来てくれ、と言われ、私は日文協の会員ではありませんでしたが、月1回、大塚の事務所で開かれる読書会におつきあいしました。大隅和雄中村格、小林保治、伊藤博之、杉本圭三郎、松田存という豪華メンバーと共に2年半かかって40巻を読み通し、今でもそのノートが残っています。

その際、諸本比較をやってみて、平家物語に比べれば太平記の諸本はさほど複雑ではないことを知りました。昭和61年鳥取大学へ赴任し、先輩の大曽根章介さんから、「日本の文学古典編(ほるぷ出版)で太平記を出す。面白い第1部は俺がやるから、お前は残りの28巻分を下巻1冊で書け」と言われました。無茶振りのようですが、大曽根さんから言われればたいへん名誉なこと。着任早々のてんてこ舞いの中で書きました。

あれから30数年―こうして太平記の最新気鋭の論文集の編者(第一読者)になれるのは、幸せなことです。