龍蛇と菩薩

森正人さんの『龍蛇と菩薩 伝承文学論』(和泉書院)という本が出ました。ほぼ同時に『国文学こぼれ種』(和泉書院 非売品)という記念出版もあり、後者はハードカバーなのに対し、前者はソフトカバーで持ちやすく、親しみやすいつくりになっています。森さんはすでに『古代説話集の生成』(笠間書院 2014)、『場の物語論』(若草書房 2012)という大著を出し、2度目の定年を迎えて、閉じ目の本、という意味もあるらしい。

本書は1龍蛇と菩薩 2東アジアの龍蛇伝承 3龍蛇と仏法 4龍宮伝承 5龍蛇と観音 6檜垣の嫗の歌と物語 7講義「水の文学誌」という構成になっており、1985年から2012年までに書かれた文章を収載しています。蛇と龍が置換可能なシンボルであること、水の神の化身とされること、しばしば女性にまつわる話題であること等々は、軍記物語にも共通するテーマなので、頷きながら読みました。

しかし両書を読みながら、何よりも私の印象に残ったのは、『今昔物語集』の偉大さ、でした。論ずべき材料が汲めども尽きない。『源氏物語』にも匹敵する、あるいはそれ以上に、人生や運命とは何か、文学にできることは何か、民族の深層心理にあるもの、そして仏法がそれらにどう関わり合っているか等々の、壮大な課題がそこにあります。

森さんには、この巨大な対象に、残り時間を賭けて取り組んで貰いたい。今まで自分が書いてきたものから水平に延ばすだけでなく、垂直に、あるいは傾斜して、あえて樹海へ踏み込んで行ってはどうかしら。その結果、戻って来れなくなってもいいではないか-無責任な上級生は、心中ひそかにそう思っています。