百首歌として

野本瑠美さんの「百首歌としての『隆房集』」(「国文学研究」187)を読みました。『隆房集』は藤原隆房(1148~1209)が詠んだ恋歌を集めた歌集ですが、内容の一部が平家物語の小督説話と一致しており、あたかも小さな物語のように編成されています。私も院生の頃に注釈をつけ、「恋する隆房」という小文(『三国伝記』上・月報 三弥井書店 1976)を書いたことがありました。

野本さんは、この作品が百首歌の伝統の中にあり、しかもそれを些か踏み出すことによって、新たな可能性を切り開いたもので、隆房が「正治初度百首」の詠進歌人に選ばれたのも、このような定数歌詠作の実績が認められたからではないかと結んでいます。

もう40数年も前、いまでこそさまざまに論じられている『隆房集』ですが、当時は書誌・分類の研究が主でした。何を書いたっけ、と改めて拙文を引っ張り出して読んでみました。未だ頭髪も黒々と剛く、嘴の青かった私は、この作品の遊び心ある面白さ、一種の演技性(それは宮廷内恋愛の特性でもあった)を、事実内容の詮索のみに走りがちな軍記物語研究へのアンチテーゼをも含んで、書いてみたのでした。院生としては生意気だったかもしれません。

しかし、書誌やジャンル史や形態論などの着実な研究とともに、文学としての面白さをつねに考え続けようとしていた、あの頃の青さ、剛さが、いまも自分の中に残っているかどうか、ふり返って過ごした日曜日でした。