贈る言葉

成人式や卒業式の季節には、大人から新人に贈る言葉があちこちで見聞きされます。学部を出る時に唯一耳に残ったのは、国語学の市川孝先生の謝恩会でのスピーチ。「社会に出ると、事ごとに対立する相手に出会うことがある。その時は、あの人が私を嫌うはずがない、と自分に思い込ませなさい」という言葉でした。現実の社会ではあまり役に立ちませんでしたが、後年、記憶に残る言葉を頂いたと申し上げたところ、とても喜ばれました。

知人のメールにこんな思い出話がありました―3人姉妹で育って怖い物知らずだったが、大学の専任教員になる時に親族からこう助言された「就職したら、できるだけ喧嘩をしないこと、喧嘩をしなければならないときはできるだけ味方を集めておくこと、喧嘩をしても最後は仲直りができる道筋をつけておくこと」と。これは実際に役に立つ助言です、殊に3番目の項目が。教育の場では、信念の上からどうしても譲れない喧嘩になることがあり、わざとらしい妥協は後の災いを招くからです。

以下は日本史の友人から聞いた話―大学院を出るときある教官は教え子に「いいね、世の中に、今のおまえが断って他人が困る仕事はないんだよ。但し断る時は早く断りなさい」と言ったそうで、教え子はその足で判子屋へ行き、速達のゴム印を作ったそうです。またある教官(後に日本史の大家になられました)は、「就職したらすぐ、将来に差し支えない程度のミスをしでかしておけば、雑用を頼まれない」と言ったそうですが、いくら研究時間確保のためとはいえ、今どきの大学人にはお奨めできません。