国際家族

3通目の電子年賀状は、合衆国のマサチューセッツから届きました。

鳥取で教えたゼミの卒業生です。着任1年目のゼミ生は、私の顔も知らずに(所属ゼミは前年度末に決めなければならないので)入ってきた、個性の強い女子学生たちでしたが、その中の1人でした。暢気な私は、アパートの片付けに逐われて、出校したのは4月3日。研究室の鍵を開けると、掃除がしてあって、机上に水仙の花が活けてあり、置き手紙がありました。主任教授の言いつけで、1日に掃除をして待っていたらしい。電話してみると、バイクでやって来たのが彼女でした。

夏になって、彼女は交換留学制度に合格し、1年間アメリカの大学に留学しました。翌秋、帰国した噂は耳に入ったのですが、登校して来ない。卒論指導は私の担当なので、呼び出しをかけました。赤く染めたちりちりパーマでやって来ました。彼地では日本語教育の指導を受けていたので、中世文学では卒論は書けないが、どうしても私のゼミにいたいと言う。国立大学では教官の専門分野が厳密に尊重されるので、国語学を私が指導するのはまずいのです。泣かれて困りました。ようやく文体論で書くことで折り合って、いい論文を書いて卒業していきました。

その後、さまざまな経緯があって日本に落ち着かず、アメリカで北欧の男性と結婚し、今では2人の女の子を伸び伸びと育て、夫の家族とも仲良くつき合って、彼地で日本語教師をやっているらしい。家族年報をPDFで送って来ました。夏には4家族で1ヶ月、アイスランドでキャンプをしたそうです。ここまで来るにはキャリア作りのためにかなり無理な働き方をした時期もあったようですが(離任後も、郷里の噂は聞こえてきました)、人生の折り返し地点で、こんなダイナミックな幸福を掴めたのなら、めでたしめでたし。