幸若舞の展開

須田悦生さんの『幸若舞の展開―芸能伝承の諸相―』(三弥井書店)という本が出ました。須田さんは福井出身だそうで、よく学会の後の酒席などで御一緒しましたが、もの静かでしかし暗くなく、温和な雰囲気を漂わせている方でした。越前が本拠地だった幸若舞の研究は、郷里との縁ゆえにはやくから決心されていたのだと思いこんでいましたが、本書のあとがきによれば、故美濃部重克さんの影響だったそうです。学務の傍ら福井へ通って、『若狭美浜町誌』を編纂されました。

本書は1幸若舞の形成 2幸若舞芸能集団の活動 3幸若舞作品の構成 4平家物語幸若舞作品 5曽我物語幸若舞作品 6戦国軍記と幸若舞 7古浄瑠璃等と幸若舞 8「女舞」と幸若舞の変容 9甲斐で書写された幸若舞テキスト 10キリシタン資料と幸若舞テキストという章立てになっており、文字通り幸若舞の展開をカバーしています。殊に「女舞」という芸能については、初めて知ることが多く、蒙を啓かれました。

幸若舞は、軍記物語などの本文に基づく詞章に単純な節をつけ、鼓に合わせて、複数(現存の郷土芸能では4人)の演者がゆっくり歩いたり、腕を上げたり、足踏み(反陪と言い、魔除けの動作です)をしたりする舞踏で、現代の我々から見ると何が面白かったのか、と思うようですが、16世紀の武士社会で熱狂的に愛好されました。軍記物語から素材を得た、というだけでなく、軍記物語の本文にも影響を与え、御伽草子など他のジャンルとの共通性も濃い。ゆっくり勉強しながら読みたいと思います。

惜しむらくは単純な誤植がまま見つかること。著者校だけでなく内校を丁寧にやって欲しい。巻末に付された「要旨」が日英韓の3カ国語であることに、時代を感じました。