原民喜

梯久美子原民喜ー死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)を読みました。いきなり鉄道自殺に向かう場面から始まるので、読み進めるのがかなり重たく感じましたが、全体はドキュメント作家らしい、読みやすい本です。

原民喜の『夏の花』を読んだのはもう遠い昔で、大田洋子『屍の街』などと一緒に、図書館の本で読んだのだったと思います。内容は殆ど忘れてしまいました。しかし原が、詩人でもあるという記憶はたしかに残っていて、私の中では高評価の作家でした。

伝記というのは、同じ資料に基づいていても別様の人間像が描き出される可能性もあるなあ、と思いながら読んだのですが(例えば、軍の御用達商店主だった父は、なぜ彼に「民喜」という名前をつけたのか、知りたかった)、最後まで読んできて、晩年、死へ向かって真っ直ぐに歩いて行く彼の足取りを納得しました。それは原爆に遭ったからだけではなく、最愛の妻を亡くしたからでもなく、いわば身体の核に、はやくから死を抱えていた人だったのだ、ということでしょう。著者があとがきで、「しゃにむに前に進もうとする終戦直後の社会にあって、悲しみのなかにとどまり続け、嘆きを手放さないことを自分に課し続けた」と、原を讃えていることに共感しました。

さみしい生涯だったようですが、70年ちかく経った後、遊び仲間だった1人の女性から、当時も今も、彼の苦しみを理解することはできないけれど、という前置きで、「どうしてそんなことを、と問うのではなくて、そうですか、そのようになさったんですね、とそのまま受け止めたいのです」と痛ましい最期を肯定された時、こよなく幸福な生涯が完結したのだ、と胸が迫りました。