蝉の声をあまり聞かなくなりました。2,3年前はこの辺でも、網戸に止まって高らかに鳴く蝉に閉口したのですが・・・小学校や神社の傍では油蝉やみんみん蝉が鳴いているので、はたと思い当たりました。我が家の近辺では、建て替えや切り売りのために新築した家が樹木を植えず、僅かな前庭もセメントで固めてしまうので、蛹が地上へ出られないのではないかと。知人にその話をしたら、じゃ蝉たちは地中で即身成仏ですね、と言うので、一瞬、無数の蝉の形をした仏が、地中にぎっしり埋まっている幻想に囚われました。

かつて真夏に平野神社へ行ったことがあります。桜の木が多い境内には、無数の小さな穴が開いていました。神職に尋ねたところ、蝉が脱皮のために出てくる穴だそうで、朝早く狐がやって来て、蛹の殻が割れるのを待ち受けて食べるのだそうです。身が未だ柔らかく、栄養はたっぷり蓄えているので、狐にとっては極上の朝食なのらしい。

九州の蝉はわしわしと鳴く熊蝉です。TVドラマが、博多の夏のシーンにみんみん蝉を鳴かせていたら興ざめします。広島記念公園で原爆慰霊式典に降り注ぐのも熊蝉の声。楠正成を祀る湊川神社で、楠の枝にびっしり重なって鳴く熊蝉を見た時は、太平記のパワーを目の当たりにしたような気がしました。

蜩は、もう都内で聞くのは難しいでしょうか。世田谷にいた頃は年1、2回は聞くことが出来たのですが。かつて三浦半島に、独りで三浦一族の墓を訪ねた時のことです。雑木林の中にぽつぽつと墓石があり、昼間なのに空から一面覆うような蜩の声―まるで幽鬼の合唱のようで、涼しさを通り越して鳥肌が立ちました。