軍馬の戦争

土井全二郎『軍馬の戦争』(潮書房光人社)を読みました。著者はもと新聞記者で、戦記類に基づくドキュメントを数多く書いている人です。本書も、戦中戦後の兵士の手記や刊行物から抜粋して、「さきの大戦」に徴発され、戦地に送られた馬たち(約50万頭。その殆どは帰ってこなかった)の運命と兵士たちの交流を、綴っています。あの時代に、戦車やトラックでなく、日本軍にとって馬が重要な「兵器」だったとは、私たちには驚くべきことですが、事実だったのです。その馬たちはもともと、農家の貴重な働き手でした。徴発された方にも、全く馬を扱ったことがないのに世話をさせられた兵士にも、そして勿論、馬自身にとっても、理不尽なことでした。

中国や南方で、日本の兵士は馬に乗るか、自分の脚で歩くかして、戦ったのです。つい80年前のことです。本書には眼を疑うような、あるいは思わず憤激に駆られるような挿話が並んでいますが、何度も丸木橋から落ちる盲目の馬を励ましてやっと運んだ荷駄の中身が、部隊長用のウィスキーとパイン缶だったとか、抑留された兵士が馬糞の中の唐黍粒を拾って食べた、という話には、これでも愛国は美しいか、と大声で叫びたくなります。

学生の頃、旅で歩いた田園には、庚申塚やただ「南無阿弥陀仏」と彫った石碑と共に、馬頭観世音の碑があちこちにありました。戦没者慰霊塔も殆ど村ごとにありました。馬頭観音の信仰はこんなにも全国に普及しているのか、と思ったりしましたが、そのわけが今判りました。土地開発が進んだ時代を経て、最近はそんな石碑をあまり見かけなくなったようです。