巴旦杏

今日は河童忌。芥川龍之介に、「漢口」と題する、「ひと籃の暑さ照りけり巴旦杏」という句があります。アジアの市場、酷暑の街、そしてはちきれそうな夏色の果実が眼に浮かぶような句です。

巴旦杏という語は、子供の頃、欧米の翻訳小説か何かで覚えたのだったと思います。ひびきのよい語で、漢字の字面もしゃれているので好きな言葉でしたが、実物を見たことはありませんでした。我が家では、漿果の類は子供には毒だと言って、食べさせて貰えなかったのです(筑後川流域は、かつては水のよくない所で、父の幼い妹は疫痢で亡くなりました。私や弟にとって、大人になるということは、葡萄が食べられるようになることでした)。実際、『今昔物語集』に、よく熟れた李を肴に酒を呑ませて下痢させる話があるところをみると、消化のよくないものなのでしょう。

寅さん映画で、マドンナ役の十朱久代が美容師を演じ、エプロンのポケットから「ほら、巴旦杏」と言って2つ3つ果実を取り出し、片手でぽんと口に入れ、もう一方の手で寅さんに渡す場面があります。ほんの一瞬の場面ですが、寅さんの惚れる気持ちがよく分かるのです。

今はプラムと呼ばれてさまざまな種類が店に出ますが、女の子が口に放り込むには大きすぎるかも。色とりどりですけれど、芥川の詠んだ巴旦杏は、やはり紅紫色の濃い種類でしょう。今年は没後91年になります。