沙羅の木

森鴎外に「沙羅の木」という4行詩があります。短いけれど素敵な詩です。この沙羅の木は、平家物語序章の「娑羅双樹」とは全く別物です。庭木によく使われ、別名夏椿。花は椿そっくりですが、落葉樹で、椿とは葉が異なり、柔らかくて柔毛が生えています。一日花なので、朝咲いてその日の暮には落ちてしまいます。宇都宮大学の正門には、この木の並木があり、今頃は門衛が落花を掃くのに忙しく、秋には紅葉がきれいでした。乾いてはじけた実もけっこう面白く、飾り物になります。

平家物語に出てくる「沙羅(娑羅)」は、日本では露地では生育しません。新宿御苑の温室にあると聞いていますが、私も未だ見に行ったことはありません。フタバガキという木の仲間の喬木で、インドでは日陰が大事なので、並木にするらしい。花は目立たない小さなもので、「双樹」は2本1対に生えていることを表わしています。釈迦が涅槃に入った時、この木が、横たわる釈迦の上を天蓋のように覆って真っ白になったので、「娑羅双樹の花の色」は「盛者必衰の理をあらわす」というのです。

夏椿は、園芸の方で、花が落ちやすいところから無常を連想して、「沙羅」と命名されたようです。日本では見られない沙羅の木に対する仏家の憧れもあったのか、寺院によく植えられています。似た例では、菩提樹についても欧州、印度、中国、日本でそれぞれ違う木が宛てられているらしい。ネットで「沙羅」を検索すると、とんでもない植物も画像一覧に上がっているので、注意が必要です。

鴎外の詩には、「褐色(かちいろ)の根府川石に 白き花はたと落ちたり」という1節があり、夏椿の花の魅力がよく出ていると思います。