中世の戦乱と文学

松林靖明さん(1942-2016)の遺稿集『中世の戦乱と文学』(和泉書院)が出ました。松林さんは承久記や後期軍記の研究に邁進される一方、甲南女子大学の学長も務め、一昨年4月に現役のまま亡くなりました。母校の後輩も育て、後期軍記の共同研究チームを率いて、教え子も育て上げ、傍目からは羨ましいような生涯でした。

本書には①古典教材としての平家物語、②承久記、③室町・戦国軍記という3本の柱があり、①はもし御自身に時間があったら、画像や他の軍記との比較などを書き加えて、一般向けの1冊になったかもしれません。

③は、前著『室町軍記の研究』(和泉書院 1995)と共に松林さんのライフワークで、所在情報の整理すら手つかずだったこの分野に、笹川祥生さんと共に鍬を入れた功績は大きい。後期軍記は、事実との関係や異本のあり方など、平家物語とは全く異なる状況を背負っていますが、それゆえに興味をそそられます。対照的な事例を考察することによって、こちら側の本質が浮かび上がってくることは、よくあるからです。

承久記の研究者は多くなく、村上光徳さんが亡くなり、大津雄一さんが文芸理論に熱心になってからは、あまり進展が見られませんでした。しかし、慈光寺本とそれ以外の諸本の関係は、他の軍記物語の場合と大きく異なっており、また承久記を軍記物語史の中に置いた時、その意図や思想も独自の問題を持っています。殊に慈光寺本冒頭の仏教史観からは妙本寺本曽我物語のような縁起文学、また『水鏡』の時代との関連などが気になります。

松林さんの文章は妙な力みがなく、分かりやすい。一生ものの研究テーマを探している人にはお奨めの書です。