平家物語の能・狂言を読む

山下宏明さんの『『平家物語』の能・狂言を読む』(汲古書院)という本が出ました。5つの章が立てられていますが、第3章「平家」物の能を読む 第4章間狂言の世界 第5章「平家」物の狂言について に束ねられた、24の能狂言作品の解説と論考が本書の核でしょう。

読みにくい本です。理由の第一は、原文と現代語訳と著者による要約や註が(故意に)交ぜ書きになっているからで、謡の詞章を諳んじている人以外は、新潮日本古典集成『謡曲集』などのテキストを傍らにして読むことをお勧めします。

第二の理由は著者の文体です。言いたいことがたくさんあって急き込みながらとりあえず単語だけを連発するような、主語と述語も照応していない、そんな文章がぎっしり詰まっている。しかも著者の思い入れや回顧談が自在に飛び込んでくるので、読者は右往左往してしまいます。事実を淡々と叙していく、若い時期のような文体は、著者はもはや書きたくないのでしょうか。ならばもっとゆっくり、丁寧に説き陳べて欲しい。

本書で提言したかったことの一つは、間狂言が能を「虚仮にする」、という発見だったと見受けました。「パロディ」という語ではなく、「異化する」という言い方でもなく選ばれた表現のようです。間狂言研究の専門家がどう受け止めるか、知りたいものです。

山下さんは言うまでもなく、平家物語諸本研究の大長老です。私にとっても恩師であった市古貞次先生が、「山下君は、日本中どっかに平家物語があると聞くと、すぐ飛んで行っちゃうんだよ!」と仰言っていましたし、修論は大の男3人で運んだ、という伝説があります。殊に八坂系諸本の分類は、60年近く経った今でも、その枠組が通説となっており、『平家物語研究序説』(1972 明治書院)、『軍記物語と語り物文芸』(同 塙書房)が出た頃は、研究史上黄金時代でもありました。