続・峠越え

太平洋側からバスで鳥取へ入って行く時は、峠を越えた途端に川の流れが逆方向になり、分水嶺を越えたことが分かりました。もう一つ、山陰へ入ったのだと分かるしるしがあります。森の美しさです。山陽側は森林が荒れているが山陰側は手入れが行き届き、林業が生きていることが目に見えて分かりました(30年前ですが)。

鳥取へ赴任して、まずTVを買いました。それまでの東京暮らしではTVを視る暇も必要もなかったのですが、夕刊のない鳥取では、夜のニュースを視る必要がありました。特に18:45のローカルニュースで、県内のあれこれを知るのが楽しみでした。1年に1度、森林保存のコンクールがあります。シングルとダブルスがあって、後者は夫婦で出場します。間伐、枝打ちなど手作業でやる手入れの技術を、制限時間内で競うのです。持てるのは命綱と鉈1丁。選手たちは前夜、脛の毛が剃れるまで鉈を研ぎます。斯道奨励のためのコンクールなので、優勝者は次年以降出場できません。

当時、鳥取県は女性の就業率は第一次産業も含めて全国1位でした。ちょうど東京では女性タレントが、赤ちゃんを仕事場(TV局の現場です)に連れて行ってスタッフに面倒を見させ、話題になっていましたが、ここへ来ればそんな議論は吹っ飛んでしまう、と思いました。漁船でも、夫婦2人で出漁するのはふつうのことでした。

人手不足がひどくなり、間伐材を運び出すことが難しく、山に放置する(輸入外材の方が安くつく)ようになって、洪水の時に流木による被害が大きくなるのは全国的な現象のようです。体験ツアーを兼ねてボランティアを入れたり、間伐材利用のアイディアを募ったり、というところまでは鳥取で見聞きしました。今や、日本の建材輸入が外国の山を荒らしている、と問題になっています。山陰の美しい森林同様、世界の森も失くしたくないと思います。