成立伝承

和田琢磨さんの「今川氏親の『太平記』観」(『資料学の現在』笠間書院)と北村昌幸さんの「今川了俊の語り」(「日本文芸研究」2015/3)を読みました。和田さんの単著『『太平記』生成と表現世界』(新典社 2015)の関連部分も、併せて読みました。和田さんは了俊は太平記全巻を精読していたわけではなさそうだとし、また太平記室町幕府の正史的な位置に置くことに、疑問を呈しています。

太平記の成立については今川了俊の『難太平記』が、成立に関して最も主要な資料とされていますが、今やその再検証が行われているのです。北村さんの論文は、いわゆる「直接体験の過去」の助動詞キと「間接的に知った過去」ケリの使い分けを点検し、前者は了俊がきっぱりと断言できる、もしくは断言したい過去、後者はそうでない場合として分別しています。

太平記ではこういう果敢な見直しが始まっているのに、平家物語では成立伝承や文末表現について、未だに半世紀以上前の枠組みのままなのは悲しむべきことです。当道座の出来る頃、平家物語の語りはどんなものだったのか、過去の助動詞を始めとして文末表現が諸本によってたやすく入れ替わる現象をどう考えるか、成立伝承として最も信用されている徒然草の説明は果たして事実なのか、「治承物語」は「平家物語」なのか―等々、基本的な枠組みそのものを疑ってみることが、そろそろ必要なのではないでしょうか。