無辺光

大谷節子さんが京都の観世流シテ方片山幽雪(1930-2015)から聞き書きした『無辺光 片山幽雪聞書』(岩波書店)を読みました。聞き書きだから、と気楽に読み始めたのですが、中身はぎっしり重く詰まった本でした。前半は幽雪の自叙伝、後半は能35番と三老女に関する演技談です。

私も学部3年くらいから観てはいましたが、能は演劇でなく舞として観るのだ、と判るまで時間がかかりました。ようやく舞台の上に風や潮の匂いや月光を感じられるようになったのは、その後です。到底演者ごとの細かい相違などまでは目が行きませんし、京都で能を観たこともありません。能楽の専門用語も殆ど知らないので、半ばちんぷんかんぷんですが、作品解釈と、自分の肉体的条件と、造り物・小道具・舞台などの演技環境とを統合して演技を組み立てていく過程がいきいきと語られていること、大谷さんの、いわゆる見巧者の評言によっていやみなく演者の感懐が引き出されてくることに感銘を受けました。また芸を(自分の家だけでなく)絶やすまいとする幽雪の姿勢に心を打たれ、型付が作成される経緯も、興味深く読みました。

京都の空気にどっぷり浸って育ってこられた大谷さんは、片岡家の雰囲気を伝えるには最適任ですし、多くの名舞台を観ておられます。旧著『世阿弥の中世』(岩波書店 2007)も併読しました。