昭和一桁のつぶやき

中村格さんの『遅々庵ずいひつ―昭和一桁のつぶやき―』を読んでいます。俳誌「隗」に連載された「遅々庵随筆」を米寿記念にまとめた本です。話題はさまざまですが、御専門の能楽や歌謡に関するもの、戦争にまつわるものなどが、わかりやすく丁寧な文章で綴られています。セピア色に装幀した辻が花の表紙もこの本に相応しい。

中村さんとは昔、太平記の輪読会を御一緒しました。小林保治さんや大隅和雄さんたちと日文協の中世部会で(私は日文協の会員ではありませんでしたが、誰か軍記の専門家にいて欲しいと言われて、おつきあいしました)、3年近くかかって全巻を読んでいったのです。その後中村さんは太平記が、15年戦争で思想教育に悪しく利用された経緯を研究されました。

「裁断橋の刻銘」「軍馬の水飲み場」「唱歌「桜井の訣別」」などには戦争に対する深い悲しみと憤りが籠められていて、共感を覚えました。ただ「散りぬべき時知りてこそ」などには、世代の相違かなあと思う部分もあります。無謀な作戦の失敗をあくまで部下のせいにし続けた司令官や特攻隊を置き去りにした司令官などは論外ですが、でも一所に死ねばそれでよかったのでしょうか。戦後処理をしなければと考えて生き残った菅原中将を「死にそびれて晩節を汚した」と言い切ることは、私には出来ない気がします。辞職、退隠、自決などはほんの紙一重で判断が分かれ、その結果は莫大になるものです。自分が死んでも特攻隊員たちの命はもう取り戻せない、せめて彼らと遺族の名誉は守りたい、そういう決意(実際の菅原中将の真意は知りませんが)のために何十年もの醜態に堪え続けることは、誰にでも出来ることではないでしょう。

死ぬにせよ生き残るにせよ、そういう決断をせずに一生を終われることを、日常のモットーにしたいと思っています。本書は店頭では販売されていませんが、お問い合わせは暮しの手帖社(03-5338-6036)まで。