河童忌

今日は河童忌です。昭和2年に芥川龍之介が自殺したのも暑い日で、暑さに腹が立って死んだんだろう、と友人たちが悲しみを紛らかすための冗談を言い合ったそうです。

文学を、人生を、教えて貰ったのは芥川からでした。もっと正確に言えば、吉田精一著『芥川龍之介』という、今は古典となった伝記に道案内して貰いました。講談社の幼年向け雑誌に載っている勧善懲悪の物語から脱出して、不条理だらけのこの世に生きていくこと、その不条理に言葉で対峙することを教えて貰い、大人への1歩を踏み出したのです。14歳の晩夏でした。我が家にあった1冊本の芥川龍之介全集から始まり、台風の夜に「歯車」や「或阿呆の一生」を徹夜で読み終わって、閉め切った雨戸を開けたら、隣家のピアニストが弾くジャズナンバーが世界に(私にとって、このとき外界は新世界だったのです)流れていたことは、忘れられません。台風一過、濡れた木の葉がきらめく朝でした。

ずっと後になって、英文学出身の亡母が、昭和2年7月24日、「芥川さんが死んだ」と言って泣いていた(勿論、知り合いでも何でもありません。一読者です)ことを、従姉から聞かされました。当時16歳だったはずで、思い出の少ない亡母がにわかに身近に感じられました。