流布本保元・平治物語

滝沢みかさんの「流布本『保元物語』『平治物語』における乱の認識と物語の改作」(「中世文学」62)を読みました。流布本保元物語は「秩序」を価値基準として「世を乱してはならない」と説き、流布本平治物語は「武士の振舞い方」を価値基準として「臣下がどう振舞うべきか」を説いている、そのように改作されてきた、というのが結論です。両者は同時期に影響関係を持って成立しており、教訓書を求める時代の要請に応えていながらも、それぞれ異なる意図をもつ作品に変貌したということのようです。

小さな論点でまとめずに大きな視野を持って出発しようとする姿勢に、まず好感が持てます。しかし軍記物語の諸本展開については、さらにひろい視野で多くの例を検討していくと、見えてくるものがあるでしょう。諸本の変化は必ずその作品のある部分の拡大強調であって、今まで無かった要素が突然顕現するわけではない。その作品の根幹といえるものは何か、を掴んだ上でトーンの変化を見極めていくことが肝要です。

軍記物語は元来、「王威とそれを支えるつわものの物語」であった、とかつて平治物語の変容を論じたことがあります(『軍記物語論究』若草書房 平成8)。流布本保元物語は制度内で、家族の一員として生きてゆく武士たちの教養書には格好のものであった、と論じたこともありました(『軍記物語原論』笠間書院 平成20)。そもそも保元物語には国争いのテーマが含まれており、平治物語は主君と臣下のあり方を規定する序から始まっています。ある時期から対のように扱われてきた両作品ですが、もともと異なる志向の物語(軍記物語の二大指向の代表)だと私は考えています。

ゆらぐ諸本群を抱える軍記物語を論じるには、ゆれながらも一貫している作品ごとの立脚点を見据えておかないと、一部の要素を過大評価したり、埋もれそうになっている本質を見落としたりすることがあります。遙かな旅程になりそうですが、健脚に期待しています。