転法輪鈔

牧野淳司さんの「『転法輪鈔』解題」(「国立歴史民俗博物館研究報告」188)を読みました。国立歴史民俗博物館蔵(田中穣旧蔵)『転法輪鈔』の紹介及び「転法輪鈔」と呼ばれる資料群の中での位置づけ、著者澄憲の意識について述べています。ここ十数年に亘って行われてきた寺院資料・仏教儀礼に関する複数の大型プロジェクトによる成果の一端ですので、牧野さんの仕事の全貌を短く言い表すことはできませんが、例えば『ともに読む古典』の中で彼が書いた一文も、こういう膨大な、石のように堅く真面目な作業の上に咲いた一輪なのです。

澄憲の作った唱導文と「転法輪鈔」の関係がよく分かりました。これもまた、中世的本文のあり方の一つだと肯けます。また、いわゆる史実を知るのに中世では、日記や和歌関係資料のみならず寺院資料も、使い方次第で有益であることも(今さらのようですが)よく分かりました。寺院資料の包括的調査については、仏教文学会の会誌「仏教文学」42号が殆どその特集とも言える内容になっています(ここでも牧野さんは大活躍)。

この報告書には阿部泰郎さんの膨大な概説のほか、澄憲と頼朝、松殿基房、高松院との関係を論じた三好俊徳・阿部美香・筒井早苗さんたちの論考も載っています。ただ唱導の修辞を読み解いて、その向こうに関係者の感情まで透視できるかどうかは、和歌や日記と同様、用心ぶかい熟練が必要でしょう。