中古日本治乱記

今井正之助さんの「『理尽鈔』と『中古日本治乱記』『後太平記』ー『太平記秘伝理尽鈔』研究』補遺稿3ー」(「愛教大大学院国語研究」25)という論文を読みました。長くて記号が多くてしかも容易に漢字変換できない題名は、今井さん畢生の大著『『太平記秘伝理尽鈔』研究』に書き洩らしたことの補遺の3本目、という意味です。すでにこのことから分かるように、今井さんは、並みの体力と根気と几帳面とではとうていできない研究を続けてきて、その結実が『『太平記秘伝理尽鈔』研究』(汲古書院 平成24)でした。

さて『中古日本治乱記』は豊臣秀吉の祐筆山中山城守長俊による膨大な室町・安土桃山史だそうですが(私は見ていない)、慶長7年の自序や太田資方の跋文によれば慶長初めの成立のように見えるが、今井さんは『後太平記』が『太平記秘伝理尽鈔』を参照し、『中古日本治乱記』はその両書を併せ参照しており、序・跋・再跋ともその内容は仮託である、実際の成立は『後太平記』が刊行された延宝5年(1677)以降であると考証しました。

近世の史書・軍記の記述が、さしたる根拠もなく近代の歴史記述に受け継がれてきた(読者は知らずにそれを信じてきた)例が、近年になって指摘されることが多くなりました。華やかな思想史の土台には、こういう地を這うような作業の成果が埋め込まれていて初めて、読むに値するのだと思います。