中世物語資料と近世社会

伊藤慎吾さんの『中世物語資料と近世社会』(三弥井書店)が出ました。中世の物語、殊に草子や絵巻として制作されたものたちが、近世になって社会の中でどのように継承されていったかを考察した、528pという大部の本です。伊藤さんはすでに『室町戦国期の文芸とその展開』『室町戦国期の公家社会と文事』の2著を出し、精力的、かつ好奇心にみちみちた、マイペースな仕事ぶりが際だった人です。愛妻家でもあります。調査旅行に行った時、何だか慌てているので、どうしたと訊くと、カードを忘れたので妻への土産が買えない、と深刻な顔でした。

中世物語が資料として使われ、新たな読み物を生み出し続けた近世前期という時代の文化を、多様な角度から描き出しているところが本書の注目すべき点です。単なる資料博捜に留まらず、それらを生み出し、また享受・保存した環境を論によって再現しようとする姿勢は、今後も期待できます。思えば、恩師の故徳江元正さんの学統が脈々と承け継がれているといえるでしょう。