源平の人々に出会う旅

源平の人々に出会う旅 第7回「伊豆・流人頼朝」

平治元年(1159)、平治の乱の敗北により13歳の源頼朝は伊豆の蛭ヶ小島へ流罪となります。この間の頼朝については『源平闘諍録』や『曽我物語』に詳しく、伊東祐親の娘(八重姫とも)との悲恋や北条政子とのドラマチックな婚姻などが記されています。【蛭ヶ…

源平の人々に出会う旅 第6回「神戸・福原遷都」

治承4年(1184)5月30日、以仁王の乱の鎮圧直後、突如清盛は翌月3日に福原遷都を行うと公表します。まさに青天の霹靂で京都は大混乱になりますが、清盛が遷都の日を2日に繰り上げたため、ますます混乱を極めます。 【雪見御所】 清盛は以前から福原の別邸に…

源平の人々に出会う旅 第5回「木津川・以仁王の最期」

三井寺を脱出した高倉宮以仁王は南都へ向かいます。途中、平等院で、追ってきた平家軍と激戦になり、三井寺法師が活躍(橋合戦)しますが、平家方の足利又太郎が馬筏で宇治川を渡り、源氏軍は総崩れとなります。頼政父子は自害、以仁王は南都を目指します。…

源平の人々に出会う旅 第4回「滋賀県・三井寺(園城寺)」

治承四年(1180)、源三位頼政は後白河法皇の皇子である高倉宮以仁王の御所へ行き、平家を討つべく挙兵を勧めます。以仁王は源行家に令旨を与え諸国の源氏に挙兵を促しますが、早くも事が露見したため御所を脱出して三井寺へ向かいます。 【三井寺南院】 三…

源平の人々に出会う旅 第3回「京都市伏見・城南離宮」

鹿ヶ谷の変以後、反平家の動きが活発になると、清盛は福原(神戸市)から軍勢を率いて上洛し、太政大臣以下40余人を解官、関白藤原基房を備前へ配流、後白河法皇を鳥羽殿(城南の離宮)へ幽閉します(治承三年(1179)の政変)。【城南宮】 鳥羽殿は白河・鳥…

源平の人々に出会う旅 第2回「京都・祇王寺」

【祇王寺】 都に祇王・祇女という白拍子の名手がいました。清盛は祇王を寵愛していましたが、ある時、仏御前という名手が現れ、祇王の取りなしで清盛に舞を披露しますが、清盛は仏御前に心を移し祇王を屋敷から追い出してしまいます。最終的に祇王は出家し、…

源平の人々に出会う旅 第1回「広島県・安芸の宮島」

「義仲に出会う旅」の続編として、「中世文学漫歩」ブログに「源平の人々に出会う旅」の掲載を始めました。引き続き御愛読ください。 伊藤悦子 【厳島神社】 安芸守となった若き日の平清盛は、朝廷から高野山の大塔の修復を命じられます。この時、清盛は霊夢…