医学博士留学支援金

知人を介して、奨学基金運営の経験を聞きたいので会いたい、との申し入れがあったので、銀座へ出かけました。一篤志家の遺産をもとに一般財団法人を設定、博士号を取った医学生の海外留学を支援する基金を作る準備をしている、というお話でした。指定する大学が推薦した若手の中から書類選考と面接とで選び、十数名を数年間支援する予定だそうです。帰国後講演などで成果を発表してもらう、ということでした。やがて準備が整ったら、官報に広告が出るでしょう。うまく行くといいですね。

70代の方々が協力して準備しておられるようで、それぞれ医療に関しては一家言おありとお見受けしました。私が関わっているのは公益信託で、文系大学院生の学資の支援ですから、いろいろ事情は違いますが、運営する際の留意点、こじれるとむつかしくなる問題などを申し上げ、成功をお祈りして席を辞しました。

末っ子気分

2歳年上の従姉と待ち合わせて、横浜のホームにいる12歳年上の従姉の許を訪ねました。先日のプロジェクト終了の女子会で後輩から贈られたシャンパンを、花見酒として持参、3人で今年の桜を見られる慶びに乾杯しました。欧州旅行を重ねてワインにうるさい従姉がとても喜んでくれて、持って行った甲斐がありました。

高級ホテルみたいなホームで、庭には桜と辛夷が満開でした。6時間以上さまざまお喋りをして帰りました。互いに知らなかった生い立ちの話、一族の噂話、老いるということ、断捨離のノウハウ、今の日本社会に漂うきな臭さ・・・私は、久しぶりでいちばん年下の末っ子の位置に座り、こよなく楽な一日だったのですが、帰途、「そういう気分がありありだったわよ」と2歳上の従姉に言われてしまいました。若い時には年長の従姉たちはちょっとけむったかったのですが。

先の大戦」をはさんだ人生を送ってきた私たちの周囲には、庶民の経験したさまざまなかたちの戦争の影響がいまも残っています。12年の幅はぎりぎり同時代人といえるでしょうか。3人は異なる道を歩いてきました。1人は起業家の妻として、趣味の日本画を描きながら社長夫人を務め、1人は夫と共に経営していた幼稚園をたたんで、弟妹の幼稚園を手伝っています。断続的なつきあいでしかありませんでしたが、それでも文化的価値観の共有部分があって、姉妹でもないのに今日1日は末っ子気分を満喫することができました。

それにしても従姉の部屋は、たくさんの犬のぬいぐるみが並んでいるほかは、すっきり片づいています。積み上げた紙や本がないと、こんなに快適な空間になるものなのか―我が家はいつ、こんな風にできるのでしょう。

絵本

磯水絵・小井土守敏・小山聡子さんの『武士が活躍し始めた、その頃のお話。』という長い題の絵本が出ました(創英社発行 三省堂書店発売 二松学舎大学の絵本)。二松学舎大学附属図書館が所蔵する奈良絵本『保元物語平治物語』(12巻12帖)を素材に、「鎮西八郎物語」(小井土守敏)、「悪源太義平物語」(小山聡子)、「ときわ御前物語」(磯水絵)の3つの物語に仕立て、絵を大きく拡大して絵本に作っています。

奈良絵本とは、室町時代から江戸時代前期(16~17世紀)に、大名や有力商人などからの注文で作られた豪華な絵本・絵巻のことをいいます。富裕階級の娯楽品として日本では美術的・文学史的な評価が遅れ、海外へ流失したものも多く、近年、ようやく研究調査が盛んになってきました。今となっては超のつく貴重品ですので、私たちも調査閲覧する時はたいへん緊張するのですが、こうして子供向けの絵本にしてみると、意外にしっくり来ます。本来そういう楽しみ方をされるものだったからでしょうか。

中世の幕を開けたとされる保元の乱、源平決戦を招く因となった平治の乱、それを扱った軍記物語が『保元物語』『平治物語』ですが、『平家物語』とはまた異なった面白さ、悲しさ、哀れさがあります。剛弓を使いこなす豪傑八郎為朝、のし上がる平家と対峙して敗れ去っていく源義朝と長男義平、そして悲劇の母常磐御前、特徴的な人物を選び出して構成したのは優れたアイディアですが、読み聞かせる大人が流布本『保元物語』『平治物語』を脇に置いて、全体の筋や絵を説明してやるのもいいかもしれません。歴史的時代としても面白い時代です。

手書きで描かれた原本の絵本はもっと美しく、当時の暗い灯影で開いた時に絵が浮かび上がるような工夫も凝らされています。二松学舎で展示される機会には、ぜひ一見をお奨めします。

今年の花見

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三十数年来の友人と待ち合わせて、播磨坂で花見をしました。8分咲きというところでしょうか、未だこれから開いていく力のある花に覆われた坂道を上り下りして、今年の花に逢えた悦びを噛みしめました。愛犬を連れて歩いている人が多く、1時間ほどでさまざまな犬種を見ました。

写真は播磨坂の桜です。誰かが飛ばしたのでしょうか、梢に赤い風船が乗っています。

次いでバスに乗って南大塚まで行き、桜並木をゆっくり歩いていると、突然の閃光、雷鳴。思わずビルの軒下へ駆け込みました。花どきはこういう天候の変化はよくあることではありますが、吃驚です。ここの桜はもう老木、ほぼ満開です。ケネディが暗殺された日、私は近くのアパートに住んでいたので、大学へ行くためにこの坂を下りる途中でニュースを知りました。霧の深い朝で、当時、桜は植えられたばかりの若木だったことを思い出します。

例年花見の後に入る居酒屋で花見酒。友人は、食道切除の手術後初めて呑む酒です。彼女の郷里の酒「真澄」を燗で。私もこのところ胃潰瘍気味だったのですが、久しぶりに美味しく呑みました。こうしていつも通りの花見ができて、一緒に外食・飲酒ができるとは夢のよう・・・命なりけり、という実感です。

源平の人々に出会う旅 第4回「滋賀県・三井寺(園城寺)」

 治承四年(1180)、源三位頼政後白河法皇の皇子である高倉宮以仁王の御所へ行き、平家を討つべく挙兵を勧めます。以仁王源行家に令旨を与え諸国の源氏に挙兵を促しますが、早くも事が露見したため御所を脱出して三井寺へ向かいます。


三井寺南院】
 三井寺は南院・中院・北院で構成されていました。以仁王頼政三井寺南院の法輪院に入り、比叡山と南都に牒状(手紙)を出しますが、清盛から賄賂を受け取った比叡山は平家に付いてしまいます。興福寺では最乗房信救が「清盛入道は平氏の糟糠、武家の塵芥」と返牒(返信)を書いて清盛の怒りを買いますが、『沙石集』によると比叡山法師をも罵ったことで南都を追われます。後に信救は木曽義仲の右筆となり大夫房覚明と名乗ります。

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【浄妙坊跡】
 以仁王に加担した三井寺僧には、乗円房阿闍梨慶秀・円満院大輔源覚などの他、橋合戦で活躍した一来法師や筒井浄妙明秀などがいます。三井寺南院には明秀の住坊であった浄妙坊跡が残っています。

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【ねずみの宮(十八明神社)】
 三井寺の頼豪阿闍梨は、白河天皇の命により祈祷で皇子を誕生させますが、三井寺戒壇を建立したいという望みは比叡山の反対にあって叶わず恨み死します。『源平盛衰記』には、頼豪の怨霊が鼠となって比叡山の経典を食い荒らしたため「鼠ノ宝倉」を建立して祀ったとあります。滝沢馬琴はこの話を題材として『頼豪阿闍梨恠鼠伝』を創作しています。

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【弁慶の引き摺り鐘・汁鍋】
 鐘は田原藤太秀郷が三井寺に寄進したもので、武蔵坊弁慶がそれを奪って比叡山に運んだ後、谷底へ投げ捨てたと伝わります。この時弁慶は所持していた汁鍋を残していったそうです。境内の茶店では名物「弁慶餅」が味わえます。

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〈交通〉
京阪電鉄三井寺駅下車
        (伊藤悦子)

春の草

花冷えというにはあまりに寒い昨日今日ですが、路傍には草が伸び始めました。「春の草」と言えば古典文学では死者を想う、あるいは死を忘れた生の虚しさをイメージするものになっています(白氏文集の詩句「化作路傍土 年々春草生」に拠る)。

青山墓地にお参りすると、さまざまな墓が目に入ります。郷土の木なのか杉林に囲まれた墓、格言が刻まれた墓石、一軒家が建てられそうな広大な墓、この時季に咲く花が1株だけ植えられている墓・・・中でも印象に残るのは、墓石を建てず地面に小石を積んだ塚があるだけの1画です。今頃は菫、もう少し経つと野苺の花が点々と咲いています。無縁墓ではありません。わざと野墓のようなたたずまいにしてあるらしい。やがて縁者がいなくなれば野に還るように(都営の霊園なので現実には売却されてしまいますが)。何だか羨ましい気持ちで毎年眺めて通ります。

青山墓地

青山墓地へお参りしました。母方の祖父母の墓には樒の古木の花が咲き、しんとしていました。30代で亡くなった友人の墓の前には河津桜が満開で、目白がつつき落とした花がふんわりと散り敷いていました。当時小学1年だった娘とその娘2人(今は小学生)と待ち合わせて、4人で草をむしり、お参りしました。掌を合わせる子どもたちに、「心の中でいろいろお話しするんだよ」と教える娘の傍に立って感無量でした。死の床にあった友人が、見舞いに来た娘の姿を見たとたん、みるみる顔がやわらいで、胸を打たれたのは37年前です。往時茫茫・・・

桜並木は桜色にけぶってはいましたが、木によって0分咲きから6分咲きまでいろいろ。老木ほど咲き急ぐのでしょうか。

墓地を見渡せるティールームを見つけ、降り出した雨を見ながらお喋りをしました。帰宅して家の鍵を取り出したら、キーホルダーに紅色の花びらがはさまっていました。